飛行機搭乗奇行

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旅行支援で青森へ(13)南部縦貫鉄道跡をできるだけ巡る

 2022年10月の終わりに、旅行支援があったので青森に行ってきました。今回の目的は、大湊線と南部縦貫鉄道をめぐりつつ、尻屋崎、恐山、十和田湖を訪問することでした。今回のシリーズも、前回と同じく時系列で進んでいきます。

 今回は南部縦貫鉄道の廃線跡を見に行きます。

坪川橋梁

南部縦貫鉄道

 野辺地駅から七戸までおよそ20kmの鉄道でした。バスなどの自動車の装備を流用したレールバスを使用していました。当時のレールバスは七戸駅の跡地にの残されていて定期的に見学ができます。

西千曵駅跡地

 草むらになっていました。

西千曵駅跡地

 何も残っていませんが、線路跡のようなまっすぐの道が残っていました。東北町町民バスの向平(北)というバス停がありました。

まっすぐの道

 場所はこのへんです。

 

千曳駅(青い森鉄道)

 青い森鉄道の千曳駅が近くにあるので行ってみました。線路の上に橋がかかっていて、橋のたもとから坂があってホームにいけます。ちなみに日本中央の碑はここから車で2分くらいです。

上から見た千曳駅

千曳駅ホーム

 待合室には駅ノートがありました。

駅ノートあり

CDがありました

当時の時刻表です

後平駅跡

 西千曵駅の次の駅、後平(うしろたい)駅です。

ホームのようなもの

 道路の反対側は草木が生い茂っていますが、盛土があるので線路跡でしょう。

線路跡

 近くに後平というバス停がありますがどこの業者なのかはわからずじまいでした。

後平バス停

 場所はこの辺です。

坪駅

 間違って先の駅に行ってから戻ってきました。何も残っていないので探すのが難しいです。

坪駅跡

反対側にある盛土

 と思いきや実は駅の場所はもう少し南側だったようです。写真を撮影したところの地図。

 実際の坪駅の場所はこの辺らしい。

坪川橋梁

 坪川駅は分からなかったので橋梁を見に行きました。近くに駅があったはずです。

 橋梁には橋は残っておらず、土台だけが残っていました。

坪川橋梁

 その先には坪川が流れていました。

坪川

道ノ上駅

 ただの民家だったので画像なし。国道4号から左側の道に入っていかないといけないので曲がるところの見当が難しい。

天間林駅跡

 おそらくここにあったと思われる。

天間林駅

 薬王堂の近くと思われる。

中野駅

 おそらくこの辺であろうと思われるが痕跡を見つけられず。

中野駅

 ファミリーマート七戸中野店の近くだと思われる。


営農大学校前駅跡

 青森県営農大学校の入口あたりでありそれ以上入れなかったので写真は有りません。場所はこのへんです。営農大学校前バス停の眼の前です。

七戸十和田駅(東北新幹線)

 南部縦貫鉄道ではありませんが、営農大学校前から車で1分ほどのところに七戸十和田駅があります。

七戸十和田駅

 東北新幹線の停車駅です。隣駅は新青森駅・八戸駅です。

 バス停がありました。パンダ号八戸線と書かれていました。上野駅行の夜行バスでした。

弘南バス

手書き修正

 七戸十和田駅の駅舎に入っていきます。

高等官馬車

大正天皇が乗った馬車

盛田牧場前駅跡

 行ってみました。スマホで写真を撮ったはずですが、写真は発見できず。

 

七戸駅跡

 終点です。

七戸駅

南部縦貫株式会社

 ホームには入ることができました。レールバスを見るには時間が決まっているので今回は見れませんでした。

 場所はここです。

参考

tsushima-keibendo.a.la9.jp

www.shichinohe-kankou.jp

次回

 十和田湖。

tboffice.hateblo.jp